『行き帰り』
自分が本当に帰る場所は永興なのだと、
わたしはいまだにどこかでそう考えているらしいのである。
習志野のアパートへと引っ越した〈わたし〉は、そこから九州へ、大阪へ、信濃追分へ、会津へと出かけて行き、そしてまた戻って来る。その中で、およそ30年前、13歳まで暮らした生まれ故郷の北朝鮮・永興での出来事や、当時の友人たちを振り返る。ある日、同じく永興から引揚げてきた男から電話があり、当時の出来事を話しはじめる。一方、会津に暮らす旧友は、引揚後しばらくしてから勤め先の銀行を辞め、自宅に引きこもるようになった。過去の断片に固執する引揚者の饒舌と、過去を捨て去ろうとする引揚者の沈黙に、〈わたし〉は呆然としていた――。『夢かたり』に続き自身の引揚体験を描いた長編小説。文藝誌「海」1976(昭和51)年8月号と1977(昭和52)年7月号に発表。単行本『行き帰り』(中央公論社・1977年刊)に所収。