◉後藤明生・電子書籍コレクション刊行に寄せて

 

「読む」ことと「書く」ことが千円札の裏表のようにメビウスの帯状に繋がっている、という独自の「千円札文学論」。それはまさに父・後藤明生の生活そのものであり、ひたすら読み、書いていた姿が今も思い出されます。

 しかし、人生の大半を捧げて「読み」「書いて」生み出された作品は、「読まれ」なければなりません。著作のほとんどが絶版となり、古書も価格の高騰で入手困難という憂うべき状況が、電子書籍というメディアの登場により新たな活路を見出せたことは、娘である私にとっても大きな喜びです。この選集が父を支えて下さった長年の愛読者の皆様へ再び届くこと、さらには父の作品との新たな出会いを果たす読者の皆様を新鮮な驚きへと誘うことを願ってやみません。

 

アーリーバード・ブックス 松崎元子

 

◉父との再会 「後藤明生・電子書籍コレクション」を始めて 松崎元子(「新潮」2014年4月号より)

 

 私の父・後藤明生の作品が、昨年(二〇一三年)十月より「後藤明生・電子書籍コレクション」という新しい形で読者に届けられています。お父さん、驚いているでしょうね。ましてや活動の中心にいるのが私であるなら驚きも倍増でしょうね。自分の作品に全く興味を示さなかった、それどころか「タイトルにセンスがない」などと無責任な生意気を言っていた長女・元子が、と。私だって今、すごく驚いているのです。これはすべてお父さんの言う「アミダクジ式」なご縁の連鎖が生んだ展開なのですから。


 一昨年に父の未完の小説『この人を見よ』が幻戯(げんき)書房より出版されたことが、いわば「後藤明生再起動」の始まりだったように思います。突然新刊を出したいという手紙を受け取った時は、まず「死んでるのに新刊とは?」と、本当に思いました。恥ずかしながら、未完の作品があることすら知らなかったからです。編集担当の名嘉真春紀さんがまだ二十代であるというのも驚きでした。学生時代から父の作品を愛読されていたとのことで、細部に心配りのあるすばらしい本を作ってくださいました。発行日が父の命日である八月二日なのも、名嘉真さんのこだわりです。そしてこの名嘉真さんが、電子書籍レーベル誕生のきっかけとなる大きな出会いをも私にもたらしてくれることとなります。


『この人を見よ』の発売から一年ほどたったころ、「紹介したい人がいる」と名嘉真さんに言われ会うことになったのが、フリーの編集者である塚田眞周博さんです。「紙の書籍で文学の全集や作品集を出すのが困難な時代だが、電子書籍ならできる。ぜひ後藤明生の作品集を出したい。著作権のマネージメントのことを考えれば、元子さんが発行者になるのが一番合理的だし、作家本人ではなく著作権継承者が電子書籍を出すという前代未聞のやり方自体がエポックメイキングだ」というお話を聞き、電子書籍のことなどほとんど知らなかったにもかかわらず、「やってみようか」という気になりました。私の夫がコンピューターの技術者で、自分でITの会社を経営していたということも事がうまくはこんだ理由のひとつです。夫の会社がレーベルの窓口となり、データの処理や電子出版に関する交渉などは夫がやってくれるという安心感が、コンピューターに無知な私には非常に心強かったのです。作品の選定、編集、校正は塚田さん、校正補助と広報が私、インターネット関連は夫、という明確な役割分担が作れたことは幸運でした。おおげさかもしれませんが、「奇跡のユニット」の誕生です。レーベルの名前である「アーリーバード・ブックス」は父の代表作『挟み撃ち』の中の一節から名づけました。

 

 先にも書きましたが、私は父の作品をろくに読んでおりませんでしたので、電子書籍を作ることになって初めて「後藤明生を熟読する」、という機会を得ることとなりました。それは父のことを思い出し、感じる作業でもあります。『挟み撃ち』の主人公が住む首都圏のマンモス団地は私の幼い頃の記憶にもある風景です。『挟み撃ち』が単行本になった時、父はその団地の部屋の畳に座り、だるまに目を入れました。だるまの背中には大きく「挟み撃ち刊行記念」とマジックで書き、片目は自分で入れ、片目は私に書かせてくれたことを思い出します。『首塚の上のアドバルーン』で主人公が歩き回る町、私は現在もその町に住んでいます。景観が随分と変化した部分もありますが、本文を読むと、主人公が歩く道筋がはっきりと頭に浮かびます。昨年父の近畿大学での生徒さんが訪ねてきてくれましたが、駅から家までの道順や古い店の佇まいなど、小説の通りだと喜んでいました。もちろん不気味な「首塚」もあります。ここを発見して興奮していた父の顔もまた、懐かしいものです。『吉野大夫』は別荘がある軽井沢町の追分という地域が舞台となっています。ちょうど現在の私と同じくらい、四十代後半の父は元気いっぱいで好奇心たっぷりです。人と会っては笑い、酒を飲んでは騒ぎ、仕事しているのやら遊んでいるのやら、絶えず動き回っています。元気な父を感じられるのは嬉しいことです。晩年の痩せて小さくなった父の姿よりも先に、元気な頃の姿を思い出せるようになったのは、この作品のおかげです。大阪を舞台にした『しんとく問答』での父は年をとりつつありますがまだまだ達者で、慣れない一人暮らしに奮闘しています。読んでいると、おかしな表現ですが、父の一人暮らしをはらはらと見守るような、どちらが親だかわからない気分になってくるのが不思議です。この先もたくさんの作品の中で父と再会できることが、個人的なことですが、仕事の中での楽しみとなっていくことでしょう。


 電子書籍の刊行を始めてまだ数ヶ月ですが、反響は予想以上に大きく、こんなにも後藤明生は待たれていたのかと目を見張るばかりです。古くからの愛読者は「手放してしまった作品を再読したいと思っていた」、「電子で簡単に読めるならもう一度読みたいと思った」と言って下さいます。新しい読者は、別の作家や評論家の作品から父のことを知り、興味を持って下さる方が多いようです。読者の年齢層が広く、若い読者も少なくないという状況も心強く思います。作品が未来に続いていくことこそが喜びだからです。「読みたくても書店に本がなかった」「古書は高くて手が出なかった」という声を聞く度に、電子書籍を出して良かった、と思います。すべての本は読まれるためにあります。読みたい人が読みたい本を簡単に手に入れられる環境ができることが理想です。それをかなえる新しい手段が電子書籍だと思います。私たちは今後も新旧の後藤明生ファンのために精力的に電子書籍化を進めていくつもりです。今のところ既刊を含め全部で二十八作品を今年十一月までに順次リリースする予定となっています。その中には単行本にもなっていない「幻の作品」も含まれておりますので、ぜひ楽しみにお待ちいただきたいと思います。


 電子書籍化を進める上で生前父と交流のあった皆様にたくさんのご助言、情報、励ましのお言葉をいただきました。改めて感謝したいと思います。また、新しい出会いも多々あり、活動の輪が大きく広がっていく予感がします。アミダクジの先っぽは、まだまだはるか遠くにありそうです。

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文芸誌「新潮」2014年4月号に掲載されたアーリーバード・ブックス代表・松崎元子のエッセイを、新潮編集部のご好意により再掲載します。改めまして編集長の矢野優様に感謝申し上げます。